大吾である必然性
『FIRE BOYS め組の大吾』が先週最終回を迎えました。
番組宣伝には力を入れるフジテレビではありますが、この『FIRE BOYS め組の大吾』には、最終回30分拡大スペシャルも、『めざましテレビ』でのテコ入れもありませんでした。
主題歌のORANGE RANGE『ミチシルベ ~ a road home ~』も、タイアップ効果というよりも、自力で売れている感じがしますし。
全話を観た感想を正直に言えば、『め組の大吾』である必然性はないということ。原作を持たず、オリジナルの消防士の物語を作った方が良かったと思います。
マンガ『め組の大吾』の主人公である朝比奈大吾は数々の現場に遭遇しますが、生への本能的な執着心・天才的な活躍により、絶対に目の前で人が死にません(死なせません)。これが、このマンガ最大の特徴だといえます。
ところがドラマでは、こともあろうに同じ隊の先輩(植木さん)が大吾の目の前で殉職してしまうのです。
『大吾は必ず人を助ける。彼の出場した現場は犠牲者ゼロ。』
これが大吾が大吾たるゆえんだと思うのですが、ドラマではあっさりと覆されてしまいました。だから、「別に大吾じゃなくていいじゃん」と。
マンガを知っている自分にとっては、ワクワクするようなキャスティングでした。
そして内山理名演じる園田まひるのエピソード、最終話で的場浩司演じるレスキュー隊長神田が大吾に向かって言うセリフなど、マンガにはない場面でもなかなかいいところがありました。
・・・しかし、マンガのエピソードをつまみ食いしたような、何の脈絡もない、無理矢理つぎはぎしたようなシーンの連続は、見ていてつらかったです。
最終話、大吾の「要救助者は、オレにとって、いつも自分自身だったんです」というのは、マンガでは説得力あったけどドラマでは唐突すぎのような気が・・・。
それと、五味さんの「消防士はな、生きて帰ってこそヒーローだ。」というのも植木さんが直前に死んじゃってるしなぁ~。
全体的に重かったし、続編はないだろうなぁ~。
#重厚というのではなく、胃がもたれているような感じの重さ
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